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2017年2月17日金曜日

そこが“聖地”じゃないからこそ。- 広島・江波・呉にて『この世界の片隅に』の故郷巡り


先月、映画『この世界の片隅に』の故郷巡りで広島、江波、呉の街を歩いた。

正直、“聖地巡礼”なんて意味が分からなかった。何なんだそれ、何が楽しいんだ、って全然理解できなかった。それなのに、まさかのどかな景色をニヤニヤしながら見渡し、この歳でスキップするように軽快な足取りで街を歩くことになるなんて。

でも、ここを“聖地”と呼ぶのに抵抗を覚えてしまう。すずさんが「ありゃ~。そんとにたいそうな場所じゃないですけぇ…」と困り顔で照れる姿が目に浮かぶのだ。
彼女たちが選ばれし勇者でも聖人でもなく、あの時代にごくありふれた日常に生きていた人だからこそ。そこでたくさん響いた笑い声や、たくさん流れた涙。決して特別な場所ではない。
ただ、その当たり前のはずだった景色の幾つかは変わってしまった。

「全部当たり前のことじゃのに、わしはどこで人間の当たり前から外されたんじゃろうかのぅ」

水原さんのセリフが示すように、一つの爆弾が当たり前から外された景色に、“広島”を“ヒロシマ”に変えてしまった。
この巡る旅の中に、今も残り続ける景色と、今はもう無くて記憶の中で残したい景色の二つがあった。
そこに生きた人々への想像を働かせるために、単純にヲタ心を満たすために、大好きな人の“故郷巡り”をしたい。こうして、NHK『クローズアップ現代+』で本作の特集が放送された翌日に成田から広島へ飛んだ。





到着すると、あっけなくヲタ心に支配された。すずさんかわいい。幾ら言葉を重ねても、「かわいい」の真理は誤魔化せない。

携帯アプリ『舞台めぐり』をかざすと、広島駅にすずさんがお見えになった。故郷に帰ってきたところか、これから呉に向かうつもりか。舞台となった場所で携帯を向けると各々ですずさんが現れて、幾度となく現実と虚構、現在と過去が入り乱れる。





さっそく、作品が上映されている広島サロンシネマへ。

特設コーナーの向こう側、窓の外にそびえ建つのは福屋百貨店。すずさんが故郷に帰省した際にスケッチした時と同じ角度で見える。まさにスケッチするように作品があの時代の景色を描き残し、この劇場のスクリーンにそれが映し出されているのだろう。
夜の回のチケットを買ったが、朝イチの回はすでに完売。昨日の『クローズアップ現代+』の放送の影響だろうか、今日が平日であることに驚くばかりだ。





すずさんの故郷・江波の街並みは閑静で、駅前以外は平日の真っ昼間では見渡す限り人っ子一人いない。

路面電車で江波駅を降り、2ヶ月ぶりにこの街を歩く。以前は作品が公開される前だった。現在の盛況は期待はしてしながらも、予想はできなかった。
キネマ旬報ベストテンで年間1位の作品の舞台とはいえ、僕のように故郷を巡る人でごった返しすることはなくて景観はずっと穏やかだ。





松下商店の前をすずさんと妹・すみちゃんが学校に向かって走っていた。この辺りは建物がどれもあの時代の名残があって、ほんのりと昭和の残り香を楽しむことができる。





同じく、すみちゃんと一緒に「冷や~」をやり合いながら駆け抜けていた辺り。劇中と同じく鷺に似た鳥、もしくは鷺なのか、大きな鳥がたくさん飛び交っていた。




江波山の公園から。水原さんはこのような景色を眺めていたのだろうか。“波のうさぎ”が跳ねていた海は埋め立てられている。うさぎの代わりに車が通っている。




江波山に登ると雪が降り出した。
近くの小学校のグラウンドでランニング中の子どもたちが一斉に「わ~!雪~!」とはしゃぎ出した。すずさんも雪が降るとあがいなマネをしたんじゃろか。山頂の公園ではあの花が今も咲いていて、この山は移り変わる時代の中で様々な景色を見てきたのだろう。

その景色には目を覆いたくなる光景もあったのだろう。山の中で「母子愛の碑」を見つけた。昭和20年8月6日、実際に江波でお祭りがあったこと。川にたくさんの遺体が流れ着いたこと。その景色が一変したこと。劇中で描かれていることとその先が石碑に刻まれていて、さすがにここに携帯に向けることはできず、写真は撮れなかった。

江波のお好み焼き屋、ラーメン屋など個人営業のお店に作品のポスターが貼られている。地元から出てきて日本中どころか今後世界中で活躍する女の子を応援しているようで微笑ましい。
軽く腹ごしらをして、再び路面電車に乗って原爆ドーム前駅を降りた。




ここにかつて町があった。
本川橋から眺める景色は様変わりしている。すずさんが海苔を届けに降り立った中島本町は、今は平和記念公園になっている。
何も知らずにそのシーンを通り過ぎたら、ただ何でもない賑やかな町でしかないだろう。でも、作品は背景の中に実際に暮らしていた人々の姿まで映し、ずっとこの先の未来にも残るものにしている。




原爆投下後もこの町で唯一残った建物の大正屋呉服店は、今はレストハウスになっている。すずさんはここの手すりにもたれて途方に暮れていた。




その手すりで「胸に~♪」と『悲しくてやりきれない』のメロディを頭に浮かび上がらせた。ふとオープニングと同じように空を眺めた。
すずさんが空を見上げるわけでもないのに、なぜ空を映すのか。今、見上げる景色の中で一つ重要なことに気が付いた。




空だけはまったく変わらないのだ。
たとえどんな場所でも、どんな季節でも、同じように白い雲が流れている。人や建物が移り行く中で、空と自然が強靭にも在り続ける。
これは広島でも東京でもニューヨークでも変わりゃせんはずなのに、故郷巡りの中でようやく見つけた景色だった。




「もうあの頃には戻らん。この街もわしらも変わり続けていくんじゃろうが…」

そのセリフの通り、この街は変わり続けてきたのだろう。すずさんと周作さんが初めて出会った、相生橋からの景色。ここに世界中からたくさんの人が歴史を知るために訪れるなんて、すずさんがバケモンの籠の中に入れられた時は決して想像できなかっただろう。




レストハウスでようやく手に入れた、監督補・浦谷千恵さんのイラストのロケ地マップ。登場人物たちが愛おしく描かれて、これがあると故郷巡りがますます楽しくなりそうだ。

原爆ドームのすぐ近くのおりづるタワーに特設コーナーができていた。海苔、すずさんらむね、キャラメルもみじなどを購入した。




広島駅に戻って、“汽車”ではなくJR呉線に乗って電車で呉駅へ。
お嫁に行くすずさんのように黒煙に包まれることもなく、昨年10月の先行上映回以来2ヶ月半ぶりに。
なぜか故郷に帰ってきた気持ちになった。





くれ観光プラザには、こうの史代先生の描き下ろしの周作さんと径子さんが。ロケ地マップなどが貼られたコーナーをおばちゃんがじっくりと眺めていて、ロビーでは作品の予告編が何度も繰り返し流れていた。




すずさんと晴美ちゃんがお見舞いに行く時に昇り降りした、海軍病院前の階段。二人が今でも仲良く手を繋いで歩いているようで、自分の思い出でもないのにどこか懐かしい気持ちに浸った。





周作さんが職場の軍法会議所から帰る時に下る坂道。昨年11月まで、この通りの呉市立美術館で『この世界の片隅に』展が開催されていた。(下の画像は昨年8月に訪れた時のもの)




すずさんが周作さんに帳面を届けに向かった、下士官集会所周辺。通称・しみじみニヤニヤゾーン。今は海上自衛隊の呉集会所になっていて、その手前のめがね橋をくぐると自衛隊の呉音楽隊が練習する管楽器が聴こえてきた。

そこからデートを始める二人が佇んだ、小春橋から眺める景色。「過ぎた事、選ばんかった道、みな覚めた夢と変わりやせんな」と周作さんがここで呟いた。二人が港の方角ではなく、我が家の方角を見つめることに意味を感じる。




今日は晴れてよかった。明日は雪の予報だという。そろそろ影が伸びてきた。冬の西日が呉を薄暗く染めていく。




駅から30分くらい歩いてようやく辿り着いた、旧澤原家住宅・三ツ蔵。ここをすずさんは何度も行き来していた。リンさんと別れて、スイカの思い出に耽って下駄を鳴らして走り出すすずさんを思い出し、軽く小走りしてみた。




リンさんが働いていた朝日町遊郭界隈は空襲で焼けたせいか、名残が全く見当たらない。当時、貸座敷は45軒で娼妓は500人も居たという。すずさんと同じように迷いに迷って、「ここはどこね一体~!」って叫びたくなった。
朝日橋は年季が入っている。昔からあるのだろうか。正確な場所は分からないけど、このへんが竜宮城のようにいい香りを漂わせていたのか。おじさんが鷺のような鳥にエサをばら撒き、何羽もその鳥が空からやって来た。





すずさんら北條家が桜を見に来た二河公園は、海軍工廠殉職者の慰霊碑が建てられている。大きなスポーツ施設があり、学校帰りと見られる子どもたちが走り回っていた。
原作にはあって、映画にはないシーン。海外版予告編にはあるシーンの、偶然会ったリンさんと登った桜の木はどこにあるのか。呉空襲の後、広島から届けられた握り飯の配給があったのもこの公園だった。




呉〜。暮れ〜。
すっかりと日は暮れていた。呉駅に戻り、広島駅に向かっていると外の景色は真っ暗に。そして、八丁堀のサロンシネマで『この世界の片隅に』を。




夜の回も当然のごとく満席で、劇場は人で溢れ返っていた。10代と思しき女の子から、80代くらいのおばあちゃんまで。まさに老若男女が一本の作品によって一堂に会する。念願のサロンシネマ名物・掘りごたつ席を確保。テーブルがあって、各座席に名作映画の名台詞が刻まれている。

劇場スタッフの方々は皆、法被を羽織っていた。ロビーは映画ファンなら誰もが知っている作品のキャラクターが描かれ、「本作はキネマ旬報ベストテンで…」と上映前は作品の最新情報がアナウンスされ、映画愛に溢れた劇場で居心地がいい。
また、座席同士の間隔に余裕があり、パーソナルスペースが充分に確保されている。映画ファンはもちろん、映画館に馴染みのない方も観に来やすい環境ではないだろうか。




この日で鑑賞は11回目になる。
「さっき通った場所だ」「あ、ここ知ってる階段だ」「見たことのある景色だ」ーー故郷巡りの後は既視感の連続で、作品のリアリティがより深く楽しめたように思う。今までで最もダイレクトに物語が飛び込んできた。すずさんたちの物語が、とてもフィクションに思えなかった。
オープニングで初めて涙が溢れた。同じ映画、同じシーン、同じセリフのはずだ。それなのに観る場所を変えるだけで、その日眺めた景色があるだけで、ここまで劇的に変化するものなのか。

物語はすずさんの知り得る情報しか映らない。でも、歴史背景として呉の朝日町遊郭、軍艦青葉の戦歴、原爆投下後の入市被爆などを調べて見識を深めていくと、登場人物たちが何を想い何に苦しんできたか想像がさらに膨らむ。

笑って泣いてしみじみするだけでは収まらず、“知る”機会を与えてくれる。今日、僕がここに来たのもそれだ。作品が在る意味を改めて感じた。残すという役割を果たしていた。劇場をあとにするおばあちゃん同士があそこはああだったこうだった、みたいに語り合っていた。すずさんという魅力的なキャラクターを介して、この作品がたくさんの人々の記憶の待ち合わせ場所になっているように感じる。

ここが“聖地”じゃないからこそ、どんな景色の中にも物語は宿り、そこで思い返せば愛おしくなる生活があることに改めて気が付く。

今日渡り歩いた景色のほとんどがどこにでもあるような景色で、その中で今日も人々が笑い、泣き、暮らす。そこでは戦争に限らず、災害や病気などでいつかは大切な人を失ってしまうだろう。でも、この物語の結末に触れたら、いつかは失くなると分かっている日々の中でもすずさんと同じように笑っていたくなるのだ。

「ほらご覧 今これも あなたの一部になる」

今日一日で、より深く『この世界の片隅に』が自分自身の一部になった。まだまだこの作品を追い続けたいし、応援していきたい。


上映が終わる。サロンシネマは館主らしき方が自らエレベーターまで誘導され、丁寧に接客をされていた。映画のみならず、映画館の重要さを改めて知る。このような劇場がずっと続いていてほしいし、また来たくなる。

ホテルへの帰り道、エンドロールで流れる『すずさん』のメロディが頭から離れなかった。
ピアノ曲であることに意味を感じる。ピアノは両手を使い、左手が低音で土台を作り、右手が高音でドラマチックに彩る。『悲しくてやりきれない』をはじめ、劇中曲はすべてすずさんの内面を表しているという。この曲はタイトルからしてすずさん自身を奏で、劇場を出てからもずっと鳴り続けている。
つまり、この広島のどこかでまだすずさんは暮らしている。八丁堀の栄えた街並みの中、その姿を想像していた。
最後の最後にスクリーンに映るもの。そこからまだお別れができていない。そう簡単に別れられるものか、忘れるものか。この作品そのものを、自分の中の忘れたくても忘れられない人に置き換えてしまっていた。


最後に、江波山で見つけた花を。この山で何度も枯れては咲き、咲いては枯れて、また咲いただろう。
人も同じように、何かを失ってもまた明るい笑顔を見せていきたいものだ。





『この世界の片隅に』について、以下のサイトでも文章を書きました。

AM - ヒロシマではなく「広島」を描く。生涯に一度出会えるかどうかの傑作

おたぽる - 強く、優しく、しぶとく根を張る。そこで再生する誰かの喜怒哀楽を想像し、想いを馳せるために。



2017年2月16日木曜日

映画『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』レビュー


ジャン=マルク・ヴァレ監督の新作『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』のレビューを書きました。「AM」に掲載されています。

妻の死後、泣けない夫は物を壊し続けた『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』
http://am-our.com/love/54/13955/

(一部抜粋)
 タイトルからして内向的なメロドラマを想像した。その予想はあっけなく裏切られる。ここで鳴るのはお涙頂戴の壮大なストリングスではなく、まさかの破壊音。
 “妻を亡くした夫”の物語がここまでやかましく、騒々しいとは。決して一面的に収まらず、残された者がいかに愛情深く、残忍で、繊細で、無神経であるのか。ごく一般的なヒューマンドラマの先入観を次々と破壊していく。


2017年2月9日木曜日

映画『たかが世界の終わり』レビュー


グザヴィエ・ドラン監督の新作『たかが世界の終わり』のレビューを書きました。「AM」に掲載されています。

グザヴィエ・ドラン最新作!「もうすぐ死ぬ」と告げる主人公と家族『たかが世界の終わり』
http://am-our.com/love/54/13931/

(一部抜粋)
 人にとって最大の不幸せは“世界の終わり”なのだろうか。そもそも“世界”はどこからどこまでを指すのか。それがこの目で見た景色に限るのであれば、ルイにとってそれは家族の愛だろう。それが終わることと比べたら、たかが世界の終わりなんて。
 すぐそばにいる他者が、そこを天国にも地獄にも変えてくれる。となると人類皆、自意識の中で暮らしているのも知れない。
 

2017年1月19日木曜日

うp完了→GOMESS - フリースタイル 2017.1.18 Shibuya Milkyway


GOMESSのライブ映像をアップロードしました。

GOMESS - フリースタイル 2017.1.18 Shibuya Milkyway
https://www.youtube.com/watch?v=R1o7NjcMUCw


映画『沈黙ーサイレンスー』レビュー


マーティン・スコセッシ監督の新作『沈黙ーサイレンスー』(1月21日公開)のレビューを書きました。「AM」に掲載されています。

あまりの重厚感にまさに“沈黙”する…日本人俳優が集結した『沈黙―サイレンス―』
http://am-our.com/love/54/13849/

(一部抜粋)
 姿なき者を信仰する彼らが天から耳にする“沈黙”が、処刑の際の波しぶきを破壊音に、燃え滾る炎を炸裂音に聞こえさせる。断末魔が耳を突き刺し、痛々しく胸を打つ。ロドリゴは目の前にいる人々の命を救うため、神の絵を踏むのか。それとも――。
 神と人間という根源的なテーマの先に描かれるもの。その一つの答えが姿を覗かせた時、壮大な景色の中で思わず“沈黙”してしまう。

2017年1月18日水曜日

2017年1月16日月曜日

2017年1月15日日曜日

映画『アンチポルノ』レビュー


園子温監督の映画『アンチポルノ』(1月28日公開)のレビューを書きました。「AM」に掲載されています。

園監督にしか映せない、究極の“自我”がここに!アナーキーすぎる問題作『アンチポルノ』
http://am-our.com/love/54/13832/

(一部抜粋)
 虚構と現実が入り乱れ、作品の中の何を信じればいいのか分からなくなる。それは京子の心情に寄り添うことになる。ガラスの破片に映った顔は切れ端に過ぎず、またその表情も断片でしかない。突き刺す。切り刻む。叩き割る。破壊にも似た衝動が、観る者のあらゆる感覚を奪っていくだろう。

 身体がもぬけの殻となり、心が行方不明になる。“自分”というものが見当たらない部屋で、京子は何を見るのか。
京子はどこか他人で、どこか自分だ。彼女自身の中の京子が、それを観ている我々の中でも泣き果て、または笑い続けている。

2017年1月9日月曜日

2017年1月7日土曜日

映画『ネオン・デーモン』レビュー


ニコラス・ウィンディング・レフン監督の映画『ネオン・デーモン』(1月13日公開)のレビューを書きました。「AM」に掲載されています。

「21歳で女は終わる」美しいモデルの光と闇を映した衝撃作『ネオン・デーモン』
http://am-our.com/love/54/13822/

(一部抜粋)
 本当に恐ろしい。見終わった後、その美しさと危うさのギャップに思わず言葉を失う。それは怪物や幽霊にも勝っている。女のプライドが立ちはだかる。ジェラシーが入り混じる。そこには、閃光と鮮血に塗れた“悪魔”が誕生しているのだ。

2017年1月1日日曜日

新年のご挨拶


あけましておめでとうございます。今年も映像・文章ともに励んでまいります。よろしくお願いします。

2017年からブログの更新の頻度を上げていきます。鑑賞した映画・音楽にまつわること、映像で関わったものやライブレポート、日々想うことなどを書き綴ってまいります。

今年は酉年です。ブログやTwitterなど全てのアイコンに使用している鳥は小学生の頃に飼っていたセキセイインコ《チュンちゃん》をモデルにしています。当時、母が窓を開けた途端に逃げてしまいました。その悲しみから逃れるためにキャラクター化しました。

小学生の頃に《チュンちゃん》を主人公にした学園モノの漫画『V・Wだーぶ』を連載しました。読者は自分だけでした。当時、休み時間にクラスメイトは決まってドッヂボールで外に飛び出しましたが、僕は「人にボールを当てるなんて!」と拒み、ずっと一人で教室の片隅で漫画を描いていました。

高校生の時にHTMLからホームページを作って《チュンちゃん》のイラストを載せると、それを見てくれた東京の方が編んだぬいぐるみを作ってくれました。それをずっとアイコンにしています。当時誰にも知られないで描いていたものが、兵庫から東京まで届く。その衝撃と感動を忘れないでいるために。


バードワールドはV・Wじゃないし、ハンコを押してるのも意味分からないけど、今撮影や文章を通じて誰かと繋がることは誰にも読まれることなく《チュンちゃん》を教室で描いてた頃があったからです。

2017年もまた新たな出会いがありますように。このブログを読んでくださっている方々にとって、今年一年が素晴らしい日々になりますように。

2016年12月30日金曜日

その世界の片隅から、ど真ん中へ。BABYMETALの“メタルレジスタンス”を追う 第9章


おたぽるで連載中の『BABYMETALの“メタルレジスタンス”を追う〜私は如何にして心配するのを止めてYUIMETALを愛するようになったか〜』の第9章「その世界の片隅から、ど真ん中へ。」を書きました。

「その世界の片隅から、ど真ん中へ。」
http://otapol.jp/2016/12/post-9223_entry.html

(一部抜粋)
 今年11月、YUIMETALが愛してやまない能年玲奈が「のん」に改名後、初めて主演を務めたアニメ映画『この世界の片隅に』の上映が始まった。
 YUIMETALはさくら学院に在籍していた頃、アンケートの《憧れの女性有名人は?》に「能年玲奈ちゃん!」、《最近うれしかったことは?》に「能年玲奈に会えた夢をみた時」と答えていた。能年玲奈の出演作品は必ず映画館で観ると決めているYUIMETALに、この作品はどう映ったのだろう。もうすでに観たのだろうか、と気になって仕方がない。
『この世界の片隅に』は作り手の登場人物への愛情が掴み取れる。自己愛がまるで感じられない。映画という表現自体、キャラクターに息吹を与え、誰もがその喜怒哀楽に寄り添う魅力的な人物を作り出すことで名作を生み出す。この作品から、映画が他者愛の表現媒体であることを改めて感じることができた。
 BABYMETALはまさに他者愛の表現だ。メタルの復権を願い、メタルを世界中に広めるという大義名分がある。先人たちのリスペクトを忘れず、そのオマージュを散りばめてメタルへの入り口をグッと拡げていく。

第1章から9章をこちらのページにまとめております。